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万満寺|馬橋と関係の深かった小林一茶
万満寺
 常磐線馬橋駅東口徒歩4分のところにあります。臨済宗という禅宗のお寺です。歴史は古く、鎌倉時代中期の1256年頃に創建されたそうです。このときの寺の名称は大日寺といいました。  

 このお寺の裏側の三ヶ月台地には、当時この地方(下総)を治めていた鎌倉幕府の御家人千葉頼胤のお城があったといわれております。この頼胤が源頼朝以来の鎌倉幕府の将軍家及び千葉一族を弔うために、当時真言律宗を布教するために関東地方を巡回していた忍性というお坊さんに依頼して、大日寺という真言宗のお寺を建てたのが始まりといわれております。このお坊さんは、鎌倉の極楽寺を開いたのでも有名です。  

 この当時の鎌倉幕府は北条時頼の執権政治が行われておりました。千葉頼胤は鎌倉幕府の御家人ですから、当然、鎌倉にも屋敷があったと思われます。馬橋と鎌倉の間を何回となく往復していたことでしょう。  

 この千葉頼胤という人は、やがて、大陸から攻めてきた蒙古軍と戦って負傷してしまい(文永の役1274年)、翌年、佐賀県の自分の領地、小城町で亡くなってしまいます。当時の御家人の活動範囲は全国にわたっていたことを考えますと、幕府と御家人の関係、その行動のすさまじさ、主従関係のダイナミズムに感心させられます。  

 下総の豪族千葉一族の拠点があったという馬橋とは、当時はどんなところだったのでしょう。  その後、大日寺は千葉に移されてゆき、このお寺は室町時代の1379年に万満寺と改められ、禅宗のお寺として発展していくことになります。


■この当時の歴史の流れ
1244年 曹洞宗(禅宗)の開祖道元は越前に永平寺の前進、大仏寺を建てます。
1246年 北条時頼、執権となり、独裁を強めていきます。
1247年 北条時頼、幕府を構成していた有力御家人、三浦泰村、千葉秀胤等の処罰、排除を行います。→執権政治の強化
1252年 幕府は、大仏をつくります。
1253年 日蓮,安房清澄寺で日蓮宗を立宗。日蓮は、千葉から鎌倉に出向き、説法を開始します。 北条時頼、建長寺(臨済宗)を建てます。開山、蘭渓道隆。 曹洞宗の開祖道元がなくなります。
1254年 京都三十三間堂の中尊、千体観音像が、湛慶一門の仏師により、完成させられます。
1260年 中山法華経寺を富木常忍が建立します。
1269年 北小金の本土寺が開創されます。小目代陰山土佐守。
1274年 広大な大陸を制覇してきた元軍が博多を襲ってきます。幕府の下命により戦いに挑んだ千葉頼胤はこのとき負傷してしまいます。
1275年 千葉頼胤、死亡。
1277年 日蓮の高弟、日朗、本土寺創建。
1278年 千葉頼胤の子、宗胤は肥前小城に臨済宗円通寺を菩提寺として開きます。
1303年 万満寺を開創した忍性が鎌倉極楽寺でなくなります。87歳。
文 石川博光


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